調査中

河村(こうむら)京三郎【刀工名氏房】→正親町天皇(氏房家譜・お湯殿上日記)→織田信長(刀剣正纂)→一乗院(刀剣正纂)→大雲院→中嶌半二郎→大正天皇→中村覚→大藤実

 

刀銘 左衛門尉藤原氏房造

   永禄一三年四月吉日

長さ70cm(二尺三寸一分)
反り12mm
元幅29mm
元重6,6mm
 
姿   鎬造・庵棟反り浅く元先の幅差少なく中切先伸びる。
地鉄 小板目精良に詰んで流れ、乱映り立ち地底に細い地景が潜んで働き合う。
刃紋 匂口締まりごころに明るく冴え、表裏揃った湾れに互ノ目を焼き足・葉を交え
    飛び焼きを置く。
帽子 地蔵風に小丸、返り表やや長く、裏は短い。
中心 磨上先切鑢目浅い勝手下がり。

正親町天皇献上刀
伝織田信長佩刀 

美濃刀愛好会出品
●岐阜県博物館 (日本刀押形展 ~幽玄美へのいざない~)日本美術刀剣保存協会岐阜県支部60周年記念事業出品
●日刀保岐阜県支部60周年記念会出品
2017年6月18日まで岐阜県博物館にて展示中


公共施設・資料提供なんでも協力いたします。死蔵はいたしません。


 最新情報
◆慶安元年に氏房孫が記した氏房家譜によって詳細が書かれてはいたものの、さらに今回室町期の女官日記、
 お湯殿上日記、永禄十三年四月部分に氏房が参内し、左衛門尉銘が二口朝廷に謹呈された事が記載されている箇所を
 2017年四月に発見しました。氏房は左衛門尉銘での作刀は二口のみです。
 これにより元来一級資料と言われてきた氏房家譜の正確さも立証されました。
 また前日、お湯殿上日記に信長も参内している事も記されています。
 もちろんこの時点で信長と氏房の関係性からも十分に幕末・大正期の資料に記されているように
”伝”信長陣刀と云えるものですが”伝”を取る為には
 まだ資料が必要です。

 文久二年に書かれた刀剣正纂に信長比叡山攻めの際の差料としるされていて、大正二年?の売立て風の
 ものにも一口は正親町天皇献上品、もう一口(下記の刀)はやはり叡山攻差料(旧大雲院旧蔵)と出ています。
 これが記載されたもの(画像1)をご存じの方は日刀保岐阜県支部又は当方にお知らせくださいませ。

   wbcjpアットマークyahoo.co.jp 中島利光
   http://www.nbthk-gf.or.jp/ 日刀保岐阜県支部


 現状判明部(赤字部分)と不明部(黒字部分)
 永禄十三年、左衛門尉銘氏房正親町天皇に刀剣二口を献上慶安元年氏房家普に同様の内容記載→慶安年間から
 文久二年に記されている間の刀の所蔵履歴が不明→大正以前に信長・信忠菩提寺の一つである大雲院所蔵になった経緯。

*若狭守氏房 (左衛門尉氏房銘は現存二口)
織田信長 織田信孝 佐久間正勝 お抱え刀工(一次資料では戦国武将唯一)

天文三年岐阜生→天文四年~七年関→元亀二年岐阜→天正五年安土→天正十年岐阜→天正十二年清洲→天正十八年清洲にて没。



ロマンのある若狭守氏房初期銘
 (伝大雲院旧蔵)

 

名工若狭守氏房、左衛門尉銘は文久二年福田顕竜著、刀剣正纂等によると
織田信長元亀二年、比叡山攻めの際の信長差料と述べている。

福田著作を鵜呑みにすれば左衛門尉銘は比叡山攻めの際の陣刀となるが、刀剣正纂がどこから引用されたのか。

福田顕竜は同著で正宗十哲の事を「後人ノ憶説ナレバ、今取ラズ」と現代的な研究の眼も持っているようで荒唐無稽に創作を著書に載せるような感じではない。

 

また左衛門尉銘大刀が二口である事はわずか三日後に若狭守を受領する事、太守になる為の前段階的に受領した記念碑的左衛門尉銘は朝廷ならびに、
斡旋した織田信長に献上の二口のみと言うのも自然であり無理はないように感じる。(お湯殿上日記にて事実と判明)

 

美濃刀関連全書籍、出来る限りの押形集等々を調べましたが会員の方で情報や他押形の情報等あれば是非ぜひご教授ください。

 

墓所 名古屋市天白区八事 東蓮寺(天正2年(1574)、清須に開山。清須越えで南寺町へ。大正3年(1575)に現在地へ。仮堂から、平成元年に木造建築で再建。)

尾州三作剣塚、若狭守氏房・二代飛騨守氏房・三代備前守氏房・四代飛騨守氏房・若狭守氏善・初代和泉守信広・初代伯耆守信高・河村氏墓所(すべて無縁仏)がある。

尾州三作の一人、相模守政常の墓は近くの西光院にある。

 

故人で前住職の奥方にお話しをしていただいたところ、以前は毎月代表の方が熱心に来られて刀剣会を開いていたそうですが現在はなくなり記念碑も正直手に余っているとのことでした。
このままでは無縁仏にある墓碑・記念碑・剣塚もどこかに埋まっていかないかと危惧しています。

 

 

太刀銘 奉 濃州住左衛門尉藤原氏房

  永禄一三年四月一九日

※美濃刀大鑑・室町期美濃刀工の研究に押形所載

 

刀銘 左衛門尉藤原氏房造

  永禄一三年四月吉日

※美濃刀大鑑(銘記述)・校正古刀銘鑑(銘記述)・日本刀工刀銘大鑑・刀銘総覧に押形所載・刀剣美術616号記載

図・写真

1.受領口宣案 (美濃刀大鑑)

2.奉 氏房太刀押形(室町期美濃刀工の研究)

3.左衛門尉藤原氏房刀押形(刀銘総覧)

4.兼房時代の氏房押形

5.東蓮寺墓所

6.河村京三郎銘太刀

 

 

参考文献

刀剣正纂 文久二 福田顕竜

日本刀大百科事典 福永酔剣

美濃刀大鑑 得能一男

室町期美濃刀工の研究 杉浦良幸

美濃刀工銘鑑 杉浦良幸

関鍛冶累代之系図氏房系図 慶安元 備前守氏房

伸び行くまち関市美濃の刀剣年表 関市教育委員会

日本刀工・刀銘大鑑 飯田一雄

刀銘総覧 飯田一雄

美濃刀押形集 加納友道

関刀剣産業史年表 関市

尾張刀工譜 岩田與

熱田神宮所蔵国宝・重要文化財刀剣押形集

日本刀関七流山田英

校正古刀銘鑑 文政一三 菅原(本阿弥)長根
お湯殿上日記 永禄13年(続群書類従補遺3-7(お湯殿の上の日記7))

 

平成28年8月29日 岐阜・名古屋資料探し旅の翌日

 画像1
信長愛刀 
 
 原本一部と訳文
 



日本美術刀剣保存協会岐阜県支部長 近藤邦治氏押形(転載禁止)と刀剣写真
押形は映りや細かな刃中の働きが見やすいように白黒反転しています。

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房

若狭守氏房 左衛門尉氏房


姿大画像



差込研磨のうえ、肌を無理にこき出していないので素見すれば無地風に見える地鉄ですが清涼で澄み精査すれば小板目詰んで
柾に綺麗に流れる一流の地鉄です。

草木染めと燻(くすべ)をしてみました。


若狭守氏房 左衛門尉氏房 春日大明神春日大社 小柄 刀春日図 小柄

信長 刀 織田信長愛刀


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